教室案内

教授ご挨拶

Professor
  • 「わからない、治療法ない、諦めない」時代から治る時代へ

    神経内科の教授を拝命し約6年の歳月が流れましたが(7年度目)、医局員が確実に力をつけてきて、研究・診療・教育のいずれの点においても学内外で高く評価される教室に発展してきたかに思われます。

    熊本大学大学院生命科学研究部
    脳神経内科学分野
    教授 安東 由喜雄
  • 安東 由喜雄

国際アミロイドーシス学会の成功

2018年3月25日から29日まで熊本KKRホテルで、世界アミロイドーシスシンポジウム(ISA 2018 in Kumamoto)が行われました。実に39カ国から750人を超えるamyloidologistが熊本に会し、最先端の研究成果が発表されました。1980年代の本会は百数十人が集う小さな学会でしたが、21世紀に入りアミロイドーシスのいくつかのタイプで、画期的な治療法が出現し始めたあたりから参加者が増え、会を追うごとに開催日も増え、大きな学会になって参りました。これまで本疾患は36種類の原因蛋白質が同定されていましたが、我々の研究グループはEFEMP1という蛋白質が作る新たな老人性アミロイドーシスを発見しました。かつてはアミロイドーシスの中でマイナーな疾患であった家族性アミロイドポリニューロパチーは早期診断から治療法の開発まで飛躍的な進歩がみられ、今やアミロイドーシス研究を牽引しているコアの疾患だということができます。私どものグループも前述の新たなアミロイドーシスの発見に加えて、新たな診断法、病態解析、治療法の開発で注目される研究が行われ、それらの成果が発表されました。日本で行われる国際会議は通常参加者の多くが日本人という、いわゆる「なんちゃって国際学会」がほとんどですが、今回の学会は前述の参加者の多さに加え、7割以上が海外からの参加者で、多くの参加者から、「海外の学会に参加しているようだ」との声が聴かれました。学会開催期間が運よく桜の満開の時期と重なり、雨も一滴も降らず、常彩苑で行われた「花見」に彩りを添えましたが、海外からの参加者が桜の美しさを口々に賞賛しておりました。バンケットは蒲島県知事、大西市長、原田学長などのご列席のもとに500人ほどの参加者を得て行われましたが、私ども家族のピアノとチェロの演奏、娘のアベマリアの独唱、山下太郎君の趣のある手品、林家今丸さんの切り絵、医局員によるミニオンズ、忍者の出し物など手作りのバンケットを企画したところ、スタンディングオベーションまで巻き起こる盛会ぶりでした。

研究力の更なる向上

最近リサーチセミナーを聞いていると、「教室全体として研究力がアップしてきたな」、と実感するようになって参りました。神経内科領域のトップジャーナルに次々に論文がアクセプトされ、着実に人が育ちつつあり、次世代の神経内科を背負って立つ新しいリーダーが確実に生まれつつあることを実感しております。放任主義では人は育ちません。「厳しからざるは之師の怠りなり」を胸に、引き続き研究力アップのために指摘すべきことはきちんと指摘する体制を堅持し若い神経内科医、研究者を育てていきたいと思います。

診療力の向上

昨年度も関東や関西など県内外の病院よりの紹介患者も含め、数多くの新患御紹介をいただき、その数は年々確実に増えております。新規入院患者数も右肩上がりの状況が続いており、かつて病院の収入という点では「スルー」されていた神経内科も病院執行部からお褒めいただくほどに、存在感の大きい診療科へ変貌を遂げてまいりました。ベッド数をこれまでの26床から28床、30床と増やして参りましたが、相変わらず入院待ち患者が80人を超える状況であり、嬉しい悲鳴を上げております。ただ、難病を抱えた患者さんの入院が遅くなるのは心苦しい限りですので、病病連携を更に密に構築して、円滑な病棟運営を目指していきたいと希っております。

神経内科医局の課外活動

昨年度も、5月のスイカ割り、6月の医局説明会、7月の医局旅行(別府城島高原、地獄めぐり)、11月の九大とのサッカー対抗戦、12月の忘年会、1月のぜんざい会などなどイベントを随所に盛り込み、多くの神経内科関連の方々に喜んでいただきました。昨年は夏の医局旅行には病棟ナースの参加が一段と増え100人を超える方々に御参加いただき、楽しい時間を過ごしました。また九大とのサッカー対抗戦は11月に熊大グランドで行いましたが、4-2(教授が出場するとハーフ毎に1点ずつゲットするため私と吉良教授の各2点が加わっています)で見事勝利を収めました。これまでの対抗戦ではいまだに負け知らずです。試合後はこれまで同様、銭湯で裸の付き合いをした後、楽しい交流会の場が持たれました。こうした活動に加えて昨年度も医局対抗サッカーにも参戦しております。

趣味の時間

2015年の10月から熊本市のFM放送局、FM791で「映画と恋と遺伝子と」という30分番組を月に2回担当していましたが、昨年4月から医学部長、研究部長を拝命し、万が一ラジオで失言しては大変と考え、心残りではありますが、休止いたしております。Medical QOLに連載していた「開業医のための「誤診しやすい」遺伝性疾患の話」はついに17年数か月連載を続け、200回目を超えたことから、医歯薬出版社にお願いして、これを「映画に描かれた疾患と募る想い」という題で出版いたしました。また「臨床と研究」に2年連載した「恋と映画と遺伝子と」のコラムも、九州大学の久保千春総長や住本英樹医学部長との対談を織り込んで大道学館出版社から同様の題で出版していただきました。

蜂窩織炎と医学部長、研究部長

4月より医学部長、大学院生命科学研究部長、大学院教育部長の三役を拝命いたしました。昨年6月末、全く誘因なく蜂窩織炎を患いました。突然のように左足が熱感をもって腫れはじめ、次の日には痛みをもって左足全体が象の足のように腫れあがりました。当初クラビットで様子を見ていたのが何よりの間違いでした。発症して3日目にはついにCRP20.0、WBC 19,100、39℃の発熱を来す状態となりました。慌てて神経内科に入院し、セフェム系第一世代のセファゾリンの点滴を始めましたが、しばらくは38-39℃台の発熱が続き、以後1か月にわたり朝夕セファゾリンの点滴を続ける羽目になりました。その間、教授会2回、教授選考セミナー2回、毎週月曜日の回診、火曜日の外来は一回も欠かさず、解熱剤を頻用しながらこなしました。休んだ日は一日もありません。一番困ったのは闘病中に競争的基金のセミナーに文科省に呼ばれたことですが、大学院教育委員長の富澤教授に「僕、これで東京にったら死んでしまう。欠席していいかなあ」と申しましたところ、「医学部長が文科省の呼び出しに行かないなんてありえません。先生が死んだら北里柴三郎の銅像の横に先生の銅像を建てますから」というので、赤く腫れあがった足を引きずりながら上京し、羽田のソバ屋で富澤先生にセファゾリンの点滴をしてもらいました。つくづく、自分の代わりは誰もいないのだということを思い知った限りです。任期は2年ですが、折り返し点を過ぎ、日を折るように毎日を送っております。そもそも国にお金がなく分配を強いられる部局運営の中で、いかにして時代に即応した医学部を構築するか、ベストアンサーなどありはしないのですが少しでも研究しやすい、診療しやすい医学部を作るために最後まで尽力する所存です。

熊日賞の受賞

昨年7月熊日賞を受賞させていただきました。現役でこのような過分な賞を受賞できるとは思ってもいなかったので、嬉しい限りです。8月12日には同門の先生方に祝賀会を開いていただきありがとうございました。Localな疾患をひたすら研究していたらglobalな疾患に発展し、まさにglocalな研究に発展し評価されました。研究を指導してくださいました荒木叔郎先生、ご推薦頂いた安藤正幸先生に深謝申し上げます。これに加え9月の世界神経学会でPhzer Co.から一寸したAwardを頂きました。

やってしまったことの後悔は小さいけれど、やらなかったことの後悔は日々募る 

林 真理子

最近、つくづく思うのは、6年前に種を蒔き育ててきた人材が確実に若くぴちぴちした幹に育ちつつある、ということです。有難いことです。ただ、同時に何故あの時心を鬼にして指摘しなかったのか、とか、なぜあの時、思い切ってやらなかったのか、と思いが募ることも事実です。「やってしまったことの後悔は小さいけれど、やらなかったことの後悔は日々募る」という林 真理子の言葉は平凡ですが心に迫ってきます。教授としての在任期間も残り少なくなってきました。私のような煩悩の塊のような人間に「悔いのない」などということはあり得ませんがせめて少しでもやらなかったことの悔いを少なくするよう日々精進していきたいと思います。

教室の歴史

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