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「ショーシャンクの空のもとに」-男らしさ、女らしさ

  • 2008.07.1

男らしさとは何であると表現したらいいのであろうか。和歌の世界では、男性的でおおらかな短歌の読みぶりを「ますらおぶり」と表現するが、男らしい表現法、言葉は理解できても、その本質はなかなか理解し難しい。

 

生物学的には、男らしさは、遺伝子の違いや、運動能力や体格、骨格の違いをもって容易に説明できるが、あらゆる面でユニセックス化が進み「男」という性の必要性が危ぶまれている現代社会のなかで、「男らしい言動」を定義するのは益々難しくなってきている。一昔前なら、自分の父親の姿を想像すれば簡単だったのであろうが、今の父親は老いも若きも一様に軟弱で、むしろ母親の姿を思い浮かべたほうが男らしさを連想しやすい家庭も少なくなかろう。今年八十三歳になる私の父も昔は強い父であったらしいが、年とともに脳、体、意志のいずれの力も軟弱化し、1年前手術をしたのちは、一歳年下の母に「守ってもらっている」状態で生き延びている。この連載で書いてきたように、遺伝子を雄性と雌性生物との間で掛け合わせて多様性を獲得する仕組みを手に入れたのは進化の必然であった。その営みを効率的に遂行するため、愛という意志の力で雌雄が互いの遺伝子を求め合うシステムを獲得したのだが、このまま男らしさ、女らしさが失われてしまうとヒトが長いことかけて獲得した結婚―家庭という形態が壊れるばかりでなく、シングルマザーすら誕生しなくなり、ヒトという種は滅亡してしまうかもしれない。

 

舞台は第二次世界大戦後間もない頃のアメリカ、ショーシャンク刑務所である。将来を嘱望された銀行の若き副頭取、アンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)は、久しく妻と不仲な状態が続いていたが、ある日突然、妻が浮気相手とベッドの中で惨殺される。決定的な証拠は何もなかったが、裁判の結果、犯人がほかに特定できなかった、ということもありアンディは殺人罪でショーシャンク刑務所に収容される。映画「ショーシャンクの空のもとに」の話である。失意の中で、鬱々と日々を送っていたアンディは、しばらくして、刑務所にもう十数年も服役し、外部との連絡も意のままにできる“調達係 "のレッド(モーガン・フリーマン)と懇意になる。その瞬間からアンディの辛くて長い刑務所脱出計画の幕が切って落とされることになる。彼は以前から趣味としていた鉱物採集の趣味を復活させたいとレッドに言い、ロックハンマーを調達して欲しいと頼む。アンディは最初の何年かは刑務所のワルにいたぶられ生傷が耐えなかったが、彼の銀行で培った事務処理能力、知識、経験、聡明さが入所者に次第に一目置かれていくようになる。ノートン所長(ボブ・ガントン)もいち早くアンディのこうした能力に目にとめ、彼を図書係に回すが、これは看守たちの資産運用や税金対策の書類作成を任せるためだった。所長は、囚人たちの野外奉仕計画をうまく利用して、地元の土建業者たちからワイロを手に入れ、アンディにその巨額の裏金を管理させはじめた。

 

数年たち、軽犯罪で入所してきたトミーが、アンディの前で、以前いた刑務所で同室者だった男が「アンディの妻と浮気相手を殺した真犯人は俺だ」と話したと言う驚くべき事実を話す。すでにアンディの刑務所暮らしは20年を経ていた。彼は無罪を証明する千載一遇のこのチャンスに、再審請求を所長に嘆願するが、彼はこの申し出を相手にしなかった。所長は万が一アンディが釈放されると、これまでの不正が明るみに出ることを恐れたのは想像に難くない。アンディはここで、またも身に覚えのないで罪をきせられ懲罰房行きとなる。一方、そんなことは何も知らないトミーは、所長の仕掛けたわなにはまり、逃亡したように見せかけられて射殺されてしまう。

 

またしばらくのときが過ぎ、アンディは通常の刑務所暮らしを淡々と暮らすようになったかに見えた。しかしある日、各囚人の部屋を定期検査する日、アンディの部屋にはもう彼の姿はなかった。前夜の雷雨の激しい夜、アンディは20年近く温め続けてきた計画をついに実行に移したのだった。その日、女優のポスターを貼っていた壁の裏には長年かかって彫り上げた外界に通じるひと一人分の体が通る穴がぽっかりと空いていた。アンディは、逆境の中でも冷静に信念を持って一縷の望みをつなぎ続け、皆が寝静まった後、来る日も来る日も壁に穴を開け続けていたのだ。アンディは脱出後、所長たちの不正の事実をマスコミにリークしたが、観念した所長は自殺した。アンディは所長が不正に取得したカネを銀行から引き出し、メキシコのリゾート地でこれまでの体と心の傷を癒すつもりなのであろうか。

 

この映画を見ていると、男という性が持つ内面からにじみ出る男らしさというものがひしひしと伝わってくる。それは生物学的な体格や骨格の力強さに裏打ちされた危機管理能力ということになるのかもしれない。この映画は、長年の刑務所生活の中でもおのれを見失わず、あきらめず、絶えず冷静にその身に降りかかる危機を管理をしながら、ついに脱獄に成功した男の数奇な運命を描いて静かな感動が心に迫ってくる。女の囚人の世界を描いた映画に「シカゴ」があるが、そこには女独特のいやらしい人間関係と色気が描かれていて、この映画とある意味で対極に位置する。

 

前述のように、特に服飾の世界では、ユニセックス化が一段と進み、胸の部分のふくらみを除けば、男なのか女なのかわからないことがある。私は抵抗があるが、男が化粧もすれば、ピアスもする時代となり、内面すら、男なのか女なのかわからないし、言葉も男言葉、女言葉などわからなくなってきているのは嘆かわしい。

 

最近、雄はどうやって形成されるかが注目を集めている。通常、雄になるスイッチ役を果たす遺伝子はSRY遺伝子と呼ばれ、Y染色体にのっている。この遺伝子が欠損するか、うまく働かないと精巣が形成されないので雄になれないことになる。ところが最近奄美大島や徳之島に生息するある種のねずみにはY染色体がなく、染色体だけをみると雌雄の差がないのに、これらのねずみにはちゃんと雄と雌がいて子孫が繁殖しているという事実が解ってきた。こうしたねずみには雌雄を決定する遺伝子がY染色体ではない染色体に別に宿り、その働きにより、性が決定される、という驚くべき事実が明らかになりつつある。実際、ワニやトカゲの一部は温度などの環境条件の違いで、雄にも雌にもなることが知られているが、いくつかの研究によると、性を決定する候補遺伝子としてY染色体以外にある十数種類の遺伝子が現在リストアップされ、研究が進んでいる。

 

われわれの身体の遺伝情報は、22対の常染色体とXY染色体に刷り込まれている。ただこれを顕微鏡で見ると、Y染色体がとりわけ小さいことに驚く。Y染色体は脊椎動物の染色体として約3億年前に現れ、初めは約1500個の遺伝子が含まれていたが、進化の過程でどんどん不要な遺伝子が捨てられ、現在は約50の遺伝情報のみが含まれている。このままいくと、何千万年かの後にはわれわれの染色体からY染色体が失われる危険性がある。実際女性は一切Y染色体の情報がないのにヒトとしての機能は万全である(だから女はこれこれしかじかの能力が劣っているという一部の研究者がいるのかもしれないが)。人はげっ歯類から進化したが、さしおり、奄美大島や徳之島に住むねずみは、進化の最先端を走っていることになる。

Copyright© Department of Neurology, Graduate School of Medical Sciences, Kumamoto University.