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「ジュラシック・ワールド」-ヒトの学習能力-

  • 2016.12.1

TPPが長い交渉の経過を経てやっと合意したかにみえたが、トランプ大統領の出現によって今後どうなるのか先がみえなくなってきた。医薬品の自由化による薬価への影響、開発の特許の有効期限による製薬会社の経営への影響など、医療に与える影響は大きいと思われるが、その評価は別れる。Beauty is in the eye of the beholderという英語がある。日本語に訳すと「蓼食う虫も好き好き」ということになるが、「人それぞれによって物事の見方は異なり、実際にやってみないと解らない」というような意味になる。農業部門も大きな問題を抱えている。医学的な見地からTPP問題でずっといわれているのが、アメリカなどで遺伝子技術を用いて栽培された農作物を食べて育った牛肉や豚肉が安く輸入されるようになったとき、その肉を食した折の人体への影響である。自然界の遺伝子を含んだ大豆と、遺伝子改変技術を用いて作った大豆は一見同じように見えても同じ大豆ではない可能性がある。形は同じでも遺伝子操作を行った過程で、余分な遺伝子やその副産物が紛れ込んでいる可能性もないわけではないからである。

最近の遺伝子に関する研究のトピックスの一つはヒトの遺伝子には20から25塩基長の微小RNA(miRNA)という機能性核酸が存在するという事実である。このRNAは、ゲノム遺伝子には直接的に作用しないが、細胞の発生、分化、増殖、細胞死などの基本的な生命現象の調節に関わっている。実際の可能性は低いのであろうが、遺伝子改変で確かに大豆はできても、ついでにmiRNAの様な機能性核酸が紛れ込み、生体に思いもかけない影響を及ぼすようなことが起きないことを祈っている。

「人間は学習しているようで、実際はいつまで経っても学習しない」。映画、「ジュラシック・ワールド」(コリン・トレボロウ監督)が語りかけているのはきっとそのようなことなのであろう。「シン・ゴジラ」がヒット中であるが、その前にアメリカの人造恐竜の話を書きたい。イスラ・ヌブラル島の「ジュラシック・パーク」の騒動から20年余りが過ぎ、ほとぼりも冷め、新しくオーナーになったマスラニ社は、性懲りもなくテーマパーク、ジュラシック・ワールドを作り、毎日二万人の旅行者が訪れる人気の観光スポットを作り上げていた。20年前の惨禍を知らないはずのないアメリカ人が怖いものみたさによくもまー集まるものだ。

パークの運営責任者となったクレア・ディアリング(ブライス・ダラス・ハワード)は、多忙を極め、訪ねてきた甥のザックとグレイの二人をアシスタントのザラに任せ、忙しく仕事をしていた。テーマパークは絶えず新しいものを作り見せていかなければいずれ飽きられてしまう宿命を持つ。だからマスラニ社では「ジュラシック・ワールドで最も凶暴な恐竜を創る」というコンセプトの下、ティラノサウルス・レックスのDNAを元にヴェロキラプトル、テリジノサウルス、ギガノトサウルス、カルノタウルス、ルゴプス、マジュンガサウルス、アベリサウルスなどの恐竜や、コウイカやアマガエルなどの様々な原生動物のDNAを組み合わせた遺伝子を融合させ、インドミナスという史上最強の恐竜を誕生させていた。

まずこの新型恐竜の評価をしなければ観光客の前に出すことはできない。これを任されたのは、屈強な身体能力と心のあるオーウェン(クリス・プラット)であった。飼育エリアには、脱走しないように赤外線カメラや、二重三重の塀などを作りあげ、厳重に管理していた。しかし、とんでもないことが起こる。様々な遺伝子を導入されたインドミナスは頭脳明晰な上、コウイカやアマガエルの遺伝子が導入されていたこともあり、赤外線監視カメラも掻い潜り、逃走してしまったのだ。皮膚に保護色機能も備え持つインドミナスは、捜索隊の追跡を攪乱し、島を縦横に歩きまわる。遂に観光客の避難場所までも襲うようになり、2万人もの人々が大パニックとなる。

その頃、何も知らないザックとグレイはザラの目を盗んで二人だけでパークをカートで散策しながら、恐竜たちを間近で見るアトラクションにも参加していた。二人は避難するようにとのクレアからの電話を受けても、ことの重要性を理解せず散策を続け、立ち入り禁止となっている森林エリアに入りインドミナスの襲撃を受けることになる。責任感のあるオーウェン、更には甥たちを探しにきたクレアも加わり、危機一髪のスリルあふれた逃避行が繰り広げられる。

クレアは試案の限りを尽くしたが万策尽き、インドミナスに追い詰められるが、22年前にパークで暴れたティラノサウルス・レックスを飼育エリアから解放し、インドミナスと闘わせることを思いつく。二頭の肉食恐竜は激突し死闘を展開するが、インドミナスの力はティラノサウルスよりもはるかに強い。手負いのティラノサウルスにインドミナスがとどめを刺そうとした瞬間、起死回生の逆転劇がおこる。かねてよりオーウェンが警備隊要因として調教し、俊敏に動く恐竜ブルーが現れインドミナスに飛びかかり、インドミナスは水中に引きずり込まれ息絶える。

そして朝を迎えたイスラ・ヌブラル島では、死闘を終え再び自由を取り戻したティラノサウルスが、崩壊し無人となったパークを見下ろしながら王者の如く咆哮を轟かせているシーンでこの映画は終わる。

そもそもジュラ紀にはティラノサウルスは本当にこの「ジュラシック・ワールド」や「ジュラシック・パーク」で描かれているように獰猛で、迅速に動き、ヒトを凌駕するスピードで走っていたのであろうか。面白い研究がある。科学誌「Nature」に発表された化石から骨格を類推した、恐竜の実際の活動状況に関する論文では、ティラノサウルスは秒速5~11メートル程度で走っていたらしい。他の報告でも秒速8秒とするものも見られ、この論文の解析が正しいことを伺わせるが、世界最速で走るウサイン・ボルト選手の最高速度は100メートル9.58秒で、秒速10メートル超であることから、ティラノサウルスの走力はトップアスリートにはかなわないことになる。ティラノサウルスの体重は6-8トンとされており、頭でっかち尻すぼみの体型を維持しながら迅速に体を動かすだけの筋力は付いておらず、いかに獰猛な肉食獣であるといえども我々人間がフェイントをかけながら疾走すれば十分逃げられるようだ。

人間は言葉を覚え、それをツールとして教訓を子孫に語り継ぎながら進化してきたかに見える。しかし「備えあれば憂いなし」という教訓は決して生かされていないとしか思いようのない災害での惨事が続いている。平安期から記載のある東北地方の大地震、そしてそれによる津波の被害、火山の噴火や大雨、台風の被害、もう少ししっかり学習していれば、とする意見がマスコミに取り上げられ続けているが、ヒトはその記憶を簡単に拭い去ろうとする。逆に言うと辛い過去を忘れでもしなければ生きていけないので、辛い過去の記憶を幸せな出来事で上書きしなければ辛すぎて生きて行けないものなのかもしれない。老化と共に必然のように物忘れ、認知症が起こってくるのは、もしかしたら「生体防御反応」なのかもしれない。

アルツハイマー病患者はインテリジェンスが高いほど発症初期に物忘れに対する自責の念が強い。そうした患者には、「物忘れは年を取った人間には必要な潜在能力なのかもしれません。昔の辛い思い出のこと、昔泣かせた彼女のこと・・・。忘れていいんですよ」と言ったりして笑顔を誘うようにしている。

しかし、戦争体験だけはどんなに辛くても語り継がなければならない。今、中東で起こっている宗教、宗派戦争、ロシアや中国で起こっている民族戦争、アフリカで起こっている部族間の戦争・・・いずれも一向に終焉を迎えそうにない。それらを終結に導くためには、「目には目を」の発想ではなく、戦争の持つ残忍さ、悲惨さをつまびらかにし、ヒトの持つ子孫を残そうとする本能に語りかけ続けるしかないのかもしれない。

Copyright© Department of Neurology, Graduate School of Medical Sciences, Kumamoto University.