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「ホテル・ルワンダ」-人種と遺伝子
- 2016.03.1
遺伝性疾患の遺伝子診断
熊本大学大学院生命科学研究部、神経内科学分野 安東由喜雄
シリアをはじめとする中東の戦闘状態にある国から命がけでヨーロッパに逃げてくる亡命者の数が途絶えない。シリア一国だけでもすでにおよそ百万人が決死の覚悟で地中海を渡りヨーロッパの大地を踏んでいる。一方でその間何千人が海難事故に会い、命を落としたことであろうか。心が痛む。ドイツはすでに数十万人の難民を受け入れているというから驚かされる。スウェーデンを始め北欧も頑張っているが、一方でハンガリーのように国境を閉ざし、難民の受け入れを事実上拒否している国もある。パリの爆弾テロで話はさらに複雑になってきたが、多くの国が悩みながら努力していることは言うまでもない。日本も安保関連法案に手を染める前に、いかにして難民を受け入れるシステムを作るか、真剣に討論すべきである。わが国では数千人という難民が亡命を希望している中で、受け入れた難民はほんの十数名に過ぎない。
イスラム国を始め、イスラム過激派がテロや戦闘を繰り広げる限り、難民の悲劇は収まらないが、こうした事態は今に始まったことではなく、20-30年前はアフリカの部族間の争いの果てに命からがらヨーロッパにわたった人々が相当数に上ることは日本ではあまり知られてはいない。特にスウェーデンには難民が多い。一昔前までは、スウェーデン人の10人に1人はルーツをスウェーデン以外の外国に求めることができると言われていたが、実際はそれ以上かも知れない。この国は、かつてはこうした人種の多様さから「リトルアメリカ」と呼ばれた。私がいたスウェーデンの研究室でも、内乱で親兄弟を失ったウガンダの学生、パレスチナ難民の実験助手の女性、政治犯となってしまい二度と国には戻れないと嘆くイラン人研究者など枚挙にいとまがない。こうした人達は一様に素晴らしい能力をもっていて、帰る国がないから仕事を一生懸命し、常に前向きに生きている。
アフリカで今でも起こり続けている内戦のほとんどはそのルーツを部族間抗争に求めることができるといわれている。ヒトの社会では、姿かたちが区別できないくらい似通っていても、違った部族というだけで排他的となり悲惨な状況を引き起こすのはどうしてなのか。ヨーロッパで暮らしてみると、日本人と韓国人の違いがわからないという質問がよく来るが、我々東洋人にとっては、アフリカ人はコンゴ人もスーダン人も何れも同じに見える。ましてや同じ国の違った部族など区別すらできないし、抗争が起こるなど想像の範囲を超えている。
映画「ホテル・ルワンダ」(テリー・ジョージ監督)はかつてルワンダで起こった内戦の実態を忠実に映画にしている。1994年、ルワンダの首都キガリのことである。この国の場合も内戦の火種は決まってフツ族とツチ族の抗争であったが、この年部族間紛争が終息し、和平協定が結ばれることになった。ポール(ドン・チードル)は、持ち前の聡明さと厚い人望で、ベルギーに本社を持つ超高級ホテル、ミル・コリンの支配人にまで上り詰めていた。こうした国では、いつ何時軍関係者から理不尽な要求を突きつけられるか分からないため、ポールも軍関係者には時として賄賂を贈り、良好な関係を築いてきたかに思えていた。ビジネスは良好で、やっと平和の時が流れるのかと思いきや、この国ではそんな平和など一瞬にして水泡に帰することをポールは熟知していた。ある日突然、ラジオから「フツ族出身の大統領がツチ族に殺された」というニュースが流れてくる。この報道をきっかけにフツ族によるツチ族の大虐殺が始まる。ポールはフツ族であったが、妻はツチ族である。まず妻や身内を守らなければならないため、家族をホテルにかくまう。海外資本であり、国連兵士もガードするホテルミル・コリンには民兵たちもうかつには手が出せないはずであるが、暴徒と化したツチ族の民兵グループのリーダーは、ポールに「ホテルはもうすぐ俺たちが仕切るようになる。ホテルにいる重要な裏切り者を渡せば、身内は救ってやってもいい」と言われ、絶望的な気持ちになる。それでも人道的見地から孤児や様々なバックグラウンドを持つ難民をホテルにかくまわなければならない状況になり、ホテルは一時1000人を超える難民で膨れ上がる。ポールはもう家族の絆などといった狭い基準でものを考えていくわけにはいかなくなる。彼は徹底した人道的見地から、ホテルにあるお金や食料などの貯えを次々につぎ込み、あらゆる手段を使ってホテルと難民を守ることに奔走する。
困り果てたポールは、親会社の社長に電話し、フランス政府から圧力をかけ政府軍を止めてほしいと頼み、避難民たちには知っている限りの海外の要人にコンタクトを取るようにと指示を出す。結局、ポールの頑張りで、ホテルの難民の多くは隣国エチオピアに逃げ込み、ポールもその後ベルギーで暮らすことになるが、この内戦では、百万人を超すツチ族のルワンダ市民の貴重な命が失われている。
国連軍とは名ばかりで、結局この軍隊は、ルワンダ人を助けるためではなく、犠牲者の出ている国連兵士や職員、そしてルワンダにいる外国人を退去させるためにしか機能しなかった様子もよく描かれている。映画を見ているものには何のための国連なのかという空しさが感じられる。
ポールという男は実在のルワンダ人で、”アフリカのシンドラー”とも言われる人物である。この話は前述のごとく実際に中央アフリカに起こった話をもとに描かれているが、こうした内戦や虐殺の現実はルワンダだけではないことは言うまでもない。シリア、アフガニスタン、イラクに加えてソマリアの海賊の問題といい、この地域の多くの国がかかえる貧しさが根底にあることはいうまでもない。アフリカ人と日本を含む先進国の人々の間には命の重さに違いはあるのか、と問いかけたくなるような映画である。
近年のDNA分析の結果によれば、人類発祥の地はこの内戦劇が繰り広げられた中央アフリカであるとされる。通称、ニグロと呼ばれるネグロイドはその直系の子孫であることからもっとも進んだ文化をもってもよいように思われるが、この地域の多くの人々が今も混沌とした社会の中で生きている。人種間の遺伝的距離を計ると、人類集団はアフリカ人(ネグロイド)のグループと、西ユーラシア人(コーカソイド、サフール人(オーストラロイド))、旧来モンゴロイドとされた東ユーラシア人(東南・東アジア人)、南北アメリカ人(ネイティブアメリカン)のグループの五つのグループに大別することができる。肌の色は太陽光線から発せられる紫外線を守るために獲得した形質にすぎない。赤道直下で暮らすヒトは必然的に皮膚のメラニンの含量が多くなり黒くなる。一方北欧で暮らす人々は少しでもメラニン量を減らさなければ、紫外線以外の太陽光が皮膚で吸収できず、骨の形成に必要なビタミンDが形成できなくなるので飛び切り白い肌を獲得した。
DNA分析による分類では、 アフリカン(ネグロイド)からコーカソイド(白人)が分岐し、コーカソイドからオセアニアン(オーストラロイド)・イーストアジアン(モンゴロイド)が分岐、そしてイーストアジアンからネイティブ・アメリカンが分岐したらしい。肌の色はヒトという種の集団の分化の過程で選択を受けやすく最も短期間に変化する形質の一つであるが、肌の色の類似または相違でいわゆる「人種」を区別することは本質的にはできない。ヒトの分類はあくまで、言語などの文化をも基準とした「民族」と、生物学的な特徴に基づいた「人種」を比較し考えていかなければならない。
アフリカで誕生したと言われるヒトという生命体が、各大陸に分布していった中で、その地域に限定して生活し続けた人々が、それぞれの自然環境に適応し、長期にわたり隔離されたため、身体形質が地理的に有利なように適応していったと考えるのが一般的である。今後、ユニバーサルな人の移動が行われていれば、言語の壁もなくなり、この人種という概念はいずれ消滅することは間違いないが、人類はそれを待つ余裕がない。