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「シェイプ・オブ・ウオーター」―排他主義ー

  • 2018.05.17

進化の過程で、ヒトはさまざまな異物を排除し疫病から体を守る仕組みを獲得した。Immune systemという英語を「疫病を免れる」という意味で「免疫」と訳した学者のセンスは素晴らしい。まさに疾病を免れるために異物を排除するシステムが免疫の仕組みである。この免疫には、もともと体に備わっている原始的な防衛機能で、マクロファージ、好中球、NK細胞などが異物を攻撃したり、処理したりする役割を担う自然免疫と、T細胞やB細胞といったリンパ球が、異物を抗原として認識して排除する獲得免疫の二つがある。すでに出会ったことのある異物に対しては、特異的なリンパ球が記憶細胞として存在しているため速やかに対応することができる。この現象は免疫記憶と呼ばれ、獲得免疫の最大の特徴である。一度麻疹で苦しんだ人が終生この病気を罹患しなくなったり、天然痘の予防接種が感染を未然に防ぐのは、リンパ球に異物を認識する記憶装置が備わっているからである。ヒトの心にも免疫と同じく「異物」を排除する心の仕組みがあるのかもしれない。

映画「シェイプ・オブ・ウオーター」(ギレルモ・デル・トロ監督)は、まるでヒトの免疫システムのように、我々の心にマイナーな存在を「異物」として認識し、排除、攻撃しようとする性のようなものを描いていて引き込まれる。

ソ連とアメリカが、軍事力から宇宙開発に至るまで世界の主導権を握ろうと凌ぎを削っていた1962年のアメリカが舞台だ。どういういきさつなのかははっきり語られていないが、声を失った中年に達しようとしているイライザは映画館の上にあるアパートに独りで暮らしており、国家の機密を握っている航空宇宙研究センターで清掃婦として働いている。首に三本の傷跡がくっきりあるのは幼いころに負ったもので、それが原因で声を失ったようである。彼女の隣人にはゲイで絵描きの初老のジャイルズがいるが、困ったときには何でも相談にのってくれる友人である。センターの清掃作業のペアーは黒人のゼルダである。この女性も心ある女性で、不器用な彼女のことを守ってくれる存在である。イライザはとりわけ美人でもなく声も出ず、清掃婦の中にあっても目立たない存在であったが、日々淡々と清掃作業をこなしていた。

そんなある日、センターにホフステトラー博士が得体のしれない生物の入ったタンクを運び込む。彼はもともとソ連のスパイであったが上手くこのセンターに入り込んできたらしい。署長のストリックランドは、血も涙もないような傲慢な男でこの生命体に興味を示すが、ぞんざいにあしらったため、噛まれて右手の二本の指を失っていた。イライザは清掃のためにタンクが置かれている部屋に入るが、初めてその生命体に出会ったとき、何故か興味と親近感を覚えるのだった。その生命体は人と魚が合体した半魚人であったが、イライザの心を捉えて離さなくなる。彼女はこの半魚人に自分が作ったゆで卵を食べさせたり、レコードを聞かせたり、手話を教えたりして心を通わせるようになっていく。そして彼女は不当に捕獲され実験に使われようとする半魚人を愛惜しむようになり、恋心を覚えるようになる。「人魚姫」は、海の底に住む半魚人のうら若き乙女が、王子様に会いたくて声と引き換えに人に変身する悲恋の物語だが、イライザは声と引き換えに同じく言葉を持たない弱者の気持ちがわかるようになったのかもしれない。

この半魚人はそもそもアマゾンの奥地で神として原住民に崇拝されていたが、実験動物にするために捕獲されたらしい。ホフステトラー博士はこの生命体を宇宙飛行士としてロケットに乗せようと提案する。これに対しストリックランドは、自分の指をかみ切ったこともあり、この生物を敵視し、ソ連がこの生物の秘密を知ってアプローチをかける前に生体解剖をして体の仕組みを調べようと考え、上官の同意を取り付ける。これを知ったイライザは、ジャイルズにそのことを告白し、半魚人を救い出す方法はないものかと相談する。ホフステトラー博士は、半魚人を殺すよう命じられるが、科学者魂とヒューマニズムを持っていたのか、貴重な生物を殺すことに必死で反対する。

イライザはジャイルズ、ゼルダ、ホフステトラー博士の協力を得て何とかセンターから半魚人を救出し、しばらく自分の部屋のバスタブを水槽として住まわせることにする。どんどん心が解け合っていく「二人」。イライザは半魚人を不憫に思い、雨で運河が増水した日に「彼」を海に返す計画を立てる。話は進みお別れの日がやって来る。イライザとジャイルズは半魚人を運河の水門に連れてゆき、別れを告げる。その時、やっと居所を突き止めたストリックランドが半魚人とイライザに向けて発砲する。神の力で蘇生した半魚人はストリックランドを殺害し、イライザを抱え海に飛び込む。この半魚人の超能力で(それは愛というべきかもしれないが)蘇生したイライザは、首の傷に鰓が生え彼と共に海の彼方に消えていく。

この素晴らしいサスペンスラブロマンス映画を作ったギレルモ・デル・トロ監督はメキシコ人であるがメキシコはアメリカから見ると弱者である。アマゾンで自由に暮らしていた半漁人も弱者、声の出ない清掃婦のエライザも弱者、ジャイルズもゲイという点では弱者だし、ゼルダも黒人という点では弱者と言っていい。

今の世界は、多くの国で民族主義が台頭し、強い者が弱者を力づくで抑え込むような社会構造に変貌を遂げようとしている。その最たるものが件のアメリカなのかもしれない。我が国もいつの間にかOECD加盟国の中で一番貧富の差が激しい国に転落し、強者が弱者を虐げるような国に代わりつつある。この映画はこうした弱者が弱者の力を借りて、国家権力の象徴のような宇宙航空センターの署長と闘い、思いを遂げる物語である。

半魚人もディズニー映画で描かれた「人魚姫」のように可愛くはなく、一見グロテスクに見えるが、観ているうちに愛着を覚え、イライザの気持ちに感情移入してしまうようになっていく。

この映画は様々な仕掛けがふるっている。彼女が住んでいたのは映画館の上にあるアパートの一室であり、航空宇宙センターの水槽に飼育されていた時、心を落ち着かせようとして彼女が持ち込んだのは蓄音機で、聞かせたのは彼女の好きなレコードの曲だった。半魚人が脱走して迷い込んだのは映画館のスクリーンの前だった。文化には人と「人の心」を結び付ける力がある。

肥後熊本は今から400年以上前、小豪族が群雄割拠していたが加藤清正が統治し、干拓や治水事業を推進し民衆の心を掴み肥後が統一された。だが、その後御家取り潰しとなり、小倉の細川忠利が統治をはじめるが、肥後はまた混とんとした状態になるのではないかと心配された。さにあらず。細川家と言えば室町時代から管領家に列する有力守護大名で、京都で培われた高い文化を持っていたため、「肥後の引き倒し」といわれアクの強い肥後人も細川家の高い文化をすんなり受け入れ、以後細川家の統治は明治まで200年以上続くことになる。

「鬼畜米英」を掲げ、アメリカ、イギリスに徹底抗戦した太平洋戦争が終わり、我が国に進駐軍がやってきた時もマイナーなトラブルはあったが、大きな暴動は起こらなかった。何故か。進駐軍が高い文化を持っていたからである。彼らはコーラを飲み、チューインガムを噛み、ジャズを聴き、ハリウッドの映画をもってきた。「欲しがりません、勝つまでは」と食うものも食わず十数年間耐乏生活を送り、家族や隣人が殺された多くの日本人も、あっという間にアメリカの文化、生活に魅了されたのである。

アマゾンのなかで原始的な生活を送っていた半魚人も、はじめて接する文化のなかで好奇心をもちながらイライザのやさしさと愛に魅せられていき、恋に落ちたに違いない。アンデルセンが描いた半魚人アリエルは、愛する王子様に思いを伝えることができず海の中の泡と消えてしまったが、この「二人」は心で結びつき幸せに暮らしたことだろう。本当によかった。

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