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「カールじいさんの空とぶ家」「つみきのいえ」-環境と長寿
- 2011.03.1
「カールじいさんの空飛ぶ家」は、「トイ・ストーリー」や「ファインディング・ニモ」を送り出したピクサーが製作したCGアニメーションの最新作である。個人的には、自分の眼鏡の上にさらに特殊眼鏡をかけて、立体画面を楽しむという3D映画の煩雑さは何とかならないかと思うが、この映画に関する限り、ストーリーは工夫されていて、子供から大人まで楽しめる映画となっていた。カール・フレドリクセンは、少年の頃、内気で無口だったが、当時、世界の秘境を次々に踏破し続ける冒険王、チャールズ・マンツに憧れていた。マンツの冒険スタイルであるヘルメットにゴーグルをかぶり、一人で廃屋で遊ぶのが常であった。ところがある日、いつものように遊んでいると、全く同じ冒険スタイルをした明るくて元気で、チャレンジ精神旺盛な少女、エリーと出会う。エリーは次第にカールの心を開いていき、青春期を経てついに二人は結婚する。二人は初めて出会った思い出の廃屋を改装し、そこで暮らし始める。子供が生まれない身体だと医者に宣告されて、絶望の淵にあったエリーを、カールの素朴な優しさで包み続けたことなど、数々の悲しみや困難を二人の力で乗り切ってきたことをその家は知っていた。夢は、いつか、マンツが訪れたという秘境、南米にある「伝説の滝」へ二人して行くことであった。しかし忍び寄る老いには勝てず、時はなすすべもなく駆け足で過ぎ去っていった。気がついてみると、エリーは年老い、病気となり、杖が必要な彼を一人残して逝ってしまった。
エリーと暮らした家の周りは、かつては静かな住宅地帯であったが、開発が進み高層ビルが立ち並ぶようになり、ついにカールに立ち退き要求が下る。「エリーと自分の歴史そのものであるこの家を誰にも渡したくない!」と思ったカールは、一念発起する。何と一万二千個の風船を家にくくりつけ、家と共に南米への旅に出ることを決意したのだった。風船のヘリウムガスがもつ時間は限られているし、嵐で、飛んだり割れてしまう危険性もある。まるで年老いたカール爺さんのようだ。それでもそんなことはものともせず、カールは取り憑かれたように空を飛んだ。こうした物語冒頭のストーリーが見事なカラーCGとともにサイレントで流れていく。
少しモチーフは違うが、旅立った妻を思いながら、残った家で淡々と暮らす老人の姿を描いた秀逸な映画に、2008年度のアカデミー賞、短編アニメーション部門賞を受賞した「つみきのいえ」(加藤久仁生監督)がある。わずか12分のこの作品は鉛筆の線が感じられる様に淡い色使いで作られているが、描かれている淡々とした老人の振る舞いを通して、見ている我々の人生感や過去を振り返るきっかけを与えてくれるような物語仕立てになっている。決して環境問題を云々しているわけではないが、少しずつ海面が上昇しているその町は、妻が生きていた随分前から水没し続けている。その街に一人残り、海面が上昇するたびに「積木」を積んだかのようにいくつも家を積み上げたてっぺんの家に彼は暮らしているが、そこも海水が迫っている。老人は淡々とさらにその上に家を作ろうとしている。夕食には必ず少量のワインをたしなむが、必ず妻が座っていた席にもワイングラスを用意している。何か妻に語りかけているようだ。ある日、彼は妻からプレゼントされたパイプを海中へと落としてしまい、思い切ってダイビングスーツをつけて海の底へと深く潜っていく。老人はかつて暮らしたいくつかの積み木の家を見ることになる。彼の人生の中の折々のシーンが蘇ってくる。妻と初めて出会った日、子供が始めて生まれ、学校に通いだした日、娘が彼氏を始めて家に連れてきた日などなど、そうした日々が、走馬灯のようによみがえってくる。その映像に生々しさはなく、「遠い風景」として描かれていく。台詞の無い映像が、淡々としたBGMと共に流れていく。販売されている日本人用のDVDでは女優の長澤まさみがナレーションを務めているが、圧倒的にサイレントの出来が素晴らしい。
日本はいつの間にか世界一の長寿国になってしまった。老人の孤独死も後を絶たない。現在、日本人の平均寿命は85.7歳で、何年か経つと90歳を超えることは疑いのない事実である。しかるべき資料によると、その中で沖縄県はわが国で一番の長寿県となっている。沖縄の男性の平均寿命は全国で第25位であるにもかかわらず、全国一位になっているのは、沖縄の女性がとりわけ長寿であるということになる。ちなみに平均寿命が低いのは東北地方6各県で、特に青森県民の平均寿命は全国一低い。これは冬に極寒の状態で暮らさなければならず、塩分摂取の過剰による高血圧、それによる血管障害が長寿の足を引っ張っていることは間違いない。
では、何故沖縄の女性が長寿なのかを説明しなければならないが、これにはいくつかの要因が考えられている。温暖な気候風土、ストレスの少ない社会、遺伝的なバックグランドの違い、女性ホルモンやX染色体にコードされる蛋白質の環境による発現の違いなど。しかし沖縄の夏の暑さは尋常ではない上、全国一失業者が多い沖縄社会がとりわけストレスが少ないとする説明には合点がいかない。
次に、遺伝的なバックグランドの違いによる影響であるが、これまでの研究から、沖縄住民の先祖は、九州南部から十世紀前後に南下して定住したものが主体であると推測されており、それから現代まで千年程度しか経っていない中で、大和民族と違う長寿遺伝子が育まれてきたとする考えには少し無理がある。
このような観点から推測していくと、この理由は、食文化の違いに求めたほうがよさそうである。沖縄では温暖なせいもあり、食塩の摂取量が日本一少ないし、漬物を食べる習慣が乏しい点も特筆される。また沖縄の人々は特に緑黄色野菜を多くとる。ゴーヤーはとりわけ好まれ、皮膚や粘膜の健康維持を助ける働きがあり、抗酸化作用を持つ栄養素であるビタミンCやミネラル、カロチンなどを多く含み、他の野菜とは-味違った特性を持っている。これに加えて、動物性蛋白質、特に豚肉の摂取量が多いことも注目されている。沖縄では昔から豚を使った料理が普及し、一頭を頭から足の先まで料理に使用する。沖縄といえば、脂ぎった豚骨ラーメンのイメージが強いが、長時間煮て、鍋のうえに浮いた油を除いた後食べる調理法も一般的で、それにより豚肉はまさに蛋白質の塊となる。もっとしっかりしたEBMが必要であるとは思うが、最もメタボに貢献しそうな脂分を除いた豚料理は、長寿を説明するのにある程度説得力があるようにも思われる。
わが国は今、空前の健康ブームの中にあり、健康食品、メタボや血管障害の予防、癌の克服といった言葉が洪水のように押し寄せてきて喧しい。マスコミもこうした観点からの特集を頻繁に取り上げ、そうしたブーム作りに一役買っている。しかしわが国の長寿日本一沖縄県の寿命と最下位の県の寿命を比べても高々2、3年しか違いは無い。多少の延命のために、神経過敏になるのもどうかと思うことも少なくない。大切なのは生きる長さより生きる中身であることは言うまでも無く、病気の塊を抱え虫の息のようになりながら長寿というのもどうもいただけない。私の好きな小説家のひとりに、開口健がいるが、彼は、平和運動を展開し、世界を旅しながら「裸の王様」のような胸躍る小説を書いた。食通としても知られるが、肥満体型で、59歳で逝った。「骨太の人生」とはこういう生き方なのかもしれない。確かにメタボ検診は、長寿には貢献することは間違いないと思われるが、人間が様々な病気にかかることは必然で、延命を主眼とした健康世策にはふと虚しさを覚えることがある。