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「海洋天童」―B型肝炎
- 2011.12.1
熊本大学大学院生命科学研究部、病態情報解析学分野教授 安東由喜雄
私は樋口一葉の肩こりの苦しみがよく解る。ストレスがたまると、肩が岩のように固くなり吐き気を催すことすらある。思い余ってマッサージに行くことがあるが、ある40代の男性を指名する。彼は30過ぎた頃から原因不明の緑内障を患い、左目の視力がほんの少し残っているだけだ。「悲しんでいる時間はありませんでしたよ。だって妻と3人の子供たちを食べさせないと。だからすぐに盲学校に通い、今があります」。その表情は決して暗くはない。母の愛は感情が前面に現れしばしば感傷的であるが、父の愛は、しばしば現実的で理詰めである。この差は、母子は、父子にはないミトコンドリア遺伝子で繋がっているということや、性ホルモンの違いが思考、行動に与える影響に加え、人類が長らく培ってきた家族という単位の中で、担ってきた役割分担が遺伝子の間隙に刷り込まれているからかもしれない。
中国、山東省、青島にある水族館。シンチョン(ジェット・リー)はそこで働いている。肝臓がんに侵されて余命数ヶ月もないようだ。映画「海洋天童」(シュエ・シャオール監督)の話である。シンチョンには、21歳になる自閉症の息子大福(ターフ―)がいる。知能の発育が少し遅れているうえ、時として感情のコントロールができないため社会生活は不可能に近い。シンチョンの妻は、自閉症の子供を生んでしまった自責の念からか、大福が7歳の時入水し、その後、彼は男手一つで大福を育ててきた。大福は父さんが大好きだ。いつもシンチョンの姿を確認しながら安心して日中、水族館で生活していた。
水族館長は優しい。シンチョンが水族館で仕事ができるようにと、泳ぎだけは上手な大福が大水槽で自由に泳ぐことを認めていた。そんな中での肝臓がんの宣告である。中国社会は日本以上に福祉制度が遅れている。成人した大福に仕事を与えてくれるところもなければ、入所させて生活の面倒を見てくれる施設も乏しい。シンチョンは一旦は精神病院に入れようとするが、思い止まる。苦しみぬいた末にシンチョンがした現実的な選択は、大福を道連れに、かつて妻がしたように入水することであった。紺碧の海、白い波、小舟で沖合に出たシンチョンは大福とロープでしっかり足を結び付け、錘まで用意して、万感を込めて海に飛び込む。するとどうだろう。泳ぎの得意な大福は魚のように水中でロープをほどき、溺れかけたシンチョンを助けるではないか。
「魚に生まれてきたなら、大福はどんなに幸せであったろう」と苦笑するシンチョンであったが、このエピソードを契機に、彼は現実に立ち返る。少しでも息子が幸せに暮らせるように、短い余命の中で、できる努力を続けていく。大福に部屋の片づけ、鍵の置き場所からバスの乗り方、茹で卵の作り方まで一生懸命に教える。また自分の死後、引き続き水族館で面倒を見てもらえるように、モップでフロアの拭き方まで教え込む。
シンチョンのがんはさらに進み、麻薬を飲まなければ痛みを制御できないほどになる。いよいよ死が迫った夜、大福が寝静まった後、彼が作ったもの、それは自分が背負うウミガメの甲羅であった。次の日、いつものように大浴槽で気持ち良く泳ぐ大福の前で、シンチョンは自分が作った甲羅を背負い、一生懸命泳いでみせる。ウミガメは、中国では、長寿と幸福を象徴する生き物である。シンチョンは「自分がいなくなっても、父さんはウミガメとなって大福をいつも見守っている」というメッセージを必死で伝える。夕方、水族館からの帰り道、ウミガメの振りをした父の後ろに乗って泳ぐ真似をして見せる大福の姿はこの映画で最も美しい父子の絆がひしひしと伝わってくるシーンである。
シンチョンのような慈愛と理性に富んだ男性がいるであろうか。隣に住む駄菓子屋を営むチャイは、ずっと以前からシンチョンのことに思いを寄せ、父子を心配し見守ってきた。シンチョンが結婚してくれ、と言ったら、きっとチャイは「イエス」と言ったであろうに、彼は、余命幾ばくもない状態で、チャイに済まない、責任が持てないと考え、そうした思いを封印し遂に逝ってしまう。
シンチョンの死後、ある心ある施設が、大福を受け入れると申し出る。水族館長は引き続き仕事をすることを保証してくれた。大福は、父の死を実感を持って受け止めてはいないが、生前何度も何度も教えられたバスの乗り方を忠実に実行に移し、日常生活のリズムを作り始める。そしてチャイはずっと母のように大福を見守ることであろう。
いつの世も男であることは大変だ。今から5300年前にアルプスの麓で暮らしていた十代の青年「アイスマン」君の体には矢じりの跡があるように、われわれ男は「社会の敵」と闘ってきた。男は戦争が起こればまず国をそして家族を守るために命を賭して闘わなければならない。そしてシンチョンのように、本当は泣きたくて、死にたくてもその心を封印し、現実を見据え、家族の将来のために働き続けなければならないのだ。
この映画は、シンチョンを演じるジェット・リーの演技がひときわ輝く。決して感情的にならず、自閉症の青年を抱える父親の心境を淡々と表現しながら、その役割とは何かを問いかけている。彼は、中国映画になくてはならない大俳優であるが、慈善活動家としての活動も有名で、スマトラ大地震をきっかけに慈善団体を設立し、今も活動を続けている。
日本人に多いウイルス性肝炎はB型とC型であり、両者とも最後は肝細胞がんになることから、注射針刺しや、かつてスクリーニングが行われていなかった血液製剤によって罹患したケースは社会問題にまでなっている。特にC型肝炎患者は多く、罹患者は200万人とも250万人とも言われていたが、インターフェロンに加えてリバビリンの併用療法が行われるようになった頃から、難治性のサブタイプのC型ウイルスに罹患している患者まで治癒可能になってきた。更に新薬も開発されてきており、こちらのタイプのウイルス肝炎の見通しは明るい。一方B型肝炎ウイルスとなると少し様相が異なる。このウイルスは、ウイルスそのものがDNAに組み込まれるため、突如として、肝臓がんを発症することがあるからである。
中国人では肝炎ウイルス保因者が桁外れに多い。中国衛生部の統計によると、何と世界の55%の患者が中国人であるという。多いのは、汚染された水や食べ物から感染するA型肝炎やE型肝炎、これに前述のB型肝炎やC型肝炎が加わる。まだまだ農村部に行くと衛生環境が悪くA型やE型肝炎の罹患は後を絶たない。E型肝炎は、ワクチンがなく妊婦が感染すると重篤化するので注意が必要だ。
中国にはB型肝炎ウイルスのキャリアは9300万人もいるとされる。B型肝炎患者のうち約30万人が毎年肝臓がんになっている。シンチョンもこのタイプの肝臓がんであった可能性が高い。政府は予防対策に躍起となっている。しかし中国は高齢化社会を迎えており、大量のB型肝炎キャリアも高齢化しているため、新生児の予防接種率が高まっても、老人のキャリアを介しての感染も後を絶たないので今後もそれほど患者数は減らないのではないかとも言われている。
オカルトB型肝炎なる疾患が時折問題となる。B型肝炎罹患後治癒し、血中からB型肝炎ウイルス抗原やPCRでウイルスが検出できなくなり、安心していると、突如として肝炎が鎌首をもたげるという病態である。これは確かに血中にはウイルスはいなくなってはいるものの、肝細胞の中にこのウイルスが巣食っており、何らかの拍子に活動性を獲得し、肝炎を引き起こす病態をいう。免疫抑制剤の投与やステロイド治療、他の病気の合併などで免疫力が落ちた時や、ストレス、全身状態の悪化などで突如としてこうした状態が招来される。中には、劇症肝炎が起こり、あっという間に死亡するケースもある。B型肝炎罹患既往のあるものは、十分こうした病態を知っておかなければならない。医療人たるものこうした類の医療事故には十分気を付けたい。